問題
うらしまたろうの本当の結末を教えてください。
答え
亀料理の鉄人と呼ばれるほどの料理長に。また魚を操る曲芸師としても名をはせた
亀料理の鉄人と呼ばれるほどの料理長に。また魚を操る曲芸師としても名をはせた https://t.co/YjMWQmzoqF
— 大喜利の白ゴリスケ?? (@shirogorisuke) September 26, 2021
解説
言語が違うことから、亀と浦島太郎は意思疎通がむずかしく、最終的には亀を料理としてさばくことを決断したそうな。
当時では珍しい亀料理の最先端であり、浦島は亀料理の鉄人という名を欲しいがままにした。
一方で、竜宮城の魚介類たちは浦島の指図通りに動くことができたので、曲芸ショーもまた好評だった。
ただし、動物愛護団体から「そのショーは虐待ではないのか?」というバッシングが度重なった。
浦島太論
このバッシングに対して浦島太郎は、「魚は動物ではない」という主張を一環として貫いた。
これが俗にいう「浦島太論」と呼ばれる主張だ。
この主張は当時(古墳時代)は広く受け入れられた。
確かに魚は動物とは言えないだろう。
しかしながら、これに味を占めた浦島太郎は、爬虫類や哺乳類、引いては人間までも動物でないと主張しはじめ、芸のためとして虐待した。
これにはさすがに動物愛護団体や人権保護団体が黙っていなかった。
俗にいう、「浦島暴論」と呼ばれる主張であった。
でも、我々人類は浦島太郎だけを責めてもいいものだろうか?
人間はキレイごとでは決して生きていけない。浦島太郎にも生活がかかっていたのだ。
このように、「浦島太郎」は実際は物語にするほど良い話ではなく、むしろ生臭い話だったと言える。
でもどうだろう、「玉手箱を開けておじいさんになってしまう」というオチよりかは幾分マシだったのかもしれない。
参考:かつての「木村太論」(2013年修了)という「FNNスーパーニュース」のコーナーは、元来この「浦島太論」から引用したものとされるが、その論拠・主張はむしろ「浦島暴論」を踏襲していると言ったほうがよいのかもしれない。
【注意】
このブログは、大喜利を面白くご覧いただくためのフィクションであり、その登場人物や団体は作者「五里ゴリスケ」の脳内お花畑で生成されたものであるとご理解ください。基本的に、実在の人物や団体などとは関係がありません。ただ純粋に笑っていただければ幸いです。